大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和38年(オ)903号 判決

上告人

小山農業協同組合

右代表者理事

小野寺十治

右訴訟代理人弁護士

遣水祐四郎

被上告人

鈴木チョウ子

被上告人

鈴木峰子

右法定代理人親権者

鈴木チョウ子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人遣水祐四郎の上告理由について。

一審判決を引用する原判決の確定したところによれば、上告組合は、本件事故当時自動車四台を所有し、係運転手に対しては終業時に自動車を車庫に格納した上自動車の鍵を当直員に返還させる建前をとり、終業時間外に上司に無断で自動車を使用することを禁じていたけれども、右自動車及び鍵の管理は従来から必らずしも厳格ではなく、係運転手において就業時間外に上司に無断で自動車を運転した例も稀でなく、また、かゝる無断使用を封ずるため上告組合において管理上特段の措置を講じなかつたこと、上告組合の運転手である小野寺公は、本件事故前日の昭和三五年八月一三日正午過頃本件自動車を一旦車庫に納め自動車の鍵を当直員に返納したが、たまたま同日相撲大会に参加するため汽車で盛岡に赴くことになつていたところ、乗車時間に遅れさうになつたので本件自動車を利用して乗車駅の水沢駅まで行こうと考え、同日午後一時半頃組合事務室の机上にあつた本件自動車の鍵を当直員や上司に無断で持ち出した上、右自動車を運転して水沢に赴き自動車修理工場を営む菅原豊七方に預け、翌一四日夜盛岡からの帰途同工場に立寄り本件自動車を運転して帰る途中、原判示の事故を起したというのである。そして、原審は自動車損害賠償保障法の立法趣旨並びに民法七一五条に関する判例法の推移を併せ考えるならば、たとえ事故を生じた当該運行行為が具体的には第三者の無断運転による場合であつても、自動車の所有者と第三者との間に雇傭関係等密接な関係が存し、かつ日常の自動車の運転及び管理状況等からして、客観的外形的には前記自動車所有者等のためにする運行と認められるときは、右自動車の所有者は「自己のために自動車を運行の用に供する者」というべく自動車損害賠償保障法三条による損害賠償責任を免れないものと解すべきであるとし、前記認定の上告組合と小野寺公との雇傭関係、日常の自動車の使用ないし管理状況等によれば、本件事故発生当時の本件自動車の運行は、小野寺公の無断運転によるものにせよ、客観的外形的には上告組合のためにする運行と認めるのが相当であるから、上告組合は同法三条により前記運行によつて生じた本件事故の損害を賠償すべき義務があると判断しているのであり、原審の右判断は正当である。所論は、独自の見解にたつて、原判決を非難するに帰し、採用できない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 石坂修一 五鬼上堅磐 柏原語六)

上告代理人遣水祐四郎の上告理由

一、(1) 本件上告理由を結論的に概論するならば第一審に於いて認定した事実(控訴審に於ける判決も又事実の認定並びに法律上の判断は第一審と同一趣旨であるので重複引用することを避ける)につき法令の違背あるから破棄されねばならない。

(2) これを具体的に論述するならば本件不法行為者小野寺公と上告人小山農業協同組合とが雇傭関係にあり本件事故発生当時同組合所有の本件自動車を運転し同自動車によつて被上告人等に損害を与えた等の事実を民法七一五条及び自動車損害賠償保障法第三条の法令を適用しその帰結として本件上告人に損害義務の負担を認めたのは法令の違背と云わざるを得ない。

即ち第一審認定の事実によれば運転者小野寺公と上告人との前記雇傭関係に基く事案なりと認定しているが原審がこれを民法七一五条の「事業の執行に従事していたもの」及び自動車損害賠償保障法第三条の「自己のために運行の用に供している地位」に基くものなりと認定したことは条理上経験法則上違法である。

二、(1) 右の事実は第一審判決理由二に記載の通り判然と確認されたものであり之を抜萃すれば「被告組合は故事当時自動車四台を所有していたが係運転手は終業時には自動車を車庫に格納した上、車の鍵を当直員に返納する建前になつており就業時間外に上司に無断でこれを使用することは禁ぜられていたこと……

本件事故前日の昭和三五年八月一三日は被告組合の業務は午後から休みであつたので被告公は正午過ぎ頃一旦本件自動車を車庫に納め、その鍵を当直員渡辺留治に返納したが、たまたま同日同被告は相撲大会に参加するため水沢駅から汽車で盛岡に赴くことになつていたところ、バスに乗り遅れて汽車時間に遅れそうになつたので水沢まで本件自動車を利用しようと考え、午後組合事務室の机上にあつた本件自動車の鍵を宿直員や上司に無断で持ち出した上本件自動車を運転して水沢に赴き、これを自動車修理工場を営む菅原豊七方に預けたこと翌十四日夜被告公は盛岡からの帰途同工場に立寄り本件自動車を運転して帰る途中、前認定の様な本件事故を起したことを認めることができ……」である。

(2) 右事実より拾収される特異の点は本件不法行為者小野寺公が本件自動車を運転するに際し、上告人に於て充分保管占有しているその鍵を不法にも無断でこれを持ち出し使用したことである、此の点は上告人に於いてその事業の監督につき相当の注意をなしたものであり社会通念上鍵の窃取行為は不可抗力の事故と認められるものである。

(3) 又以上第一審の判決摘示理由の抜萃事実より判断して本件行為は自動車損害賠償法第三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」というのは抽象的、一般的に当該自動車を自己のために運行の用に供している地位にあるものをいうのではなく事故発生の原因となつた運行が自己のためになされている者をいうとの趣旨の昭和三六年七月十三日付東京地方裁判所の判例がある。

又右事実に対し民法第七一五条を適用した事案につき被用者の私用のためであることが明らかであるとして使用者責任を否定した名古屋地方裁判所昭和三一年四月六日付判例がある。

本件の場合も不法行為運転者と本件上告人との間に雇傭関係があり又本件自動車を上告人が常に自己のために運行の用に供していたとしても右判例の示す通り事故発生の原因となつた運行が上告人自己のためになされていなければならず又本件の通り何等業務上の必要に基いてなされたものでなく尚且つ保管占有されている鍵を破棄窃取の上運行した事実はあくまでも運転者個人に限定された行為であり責任である、従つて原審判決は前示判例に違背する違法の判決であるから破棄されねばならない。

即ち以上により本件不法行為に基く損害賠償責任は運転者小野寺公に限定さるべきものでその使用者である上告人に対する責任は否定さるべきものである。

三、以上により綜合判断して原審の認定した事実そのものより判断し上告人と不法行為の運転者との関係は民法七一五条並に自動車損害賠償法第三条の「事業の執行に従事していたもの」並びに「自己のために自動車を運行の用に供する者」との地位であるとの原判決は明かに違法の判決である。

結論として本件不法行為の損害賠償責任は上告人に於いて負担すべきものでないとの判定を求めるため本上告理由書を提出したものであります。

判例抜萃

一、昭和三十五年二月二十二日東京地方裁判所判決

自動車損害賠償保償法第三条の「自己のために自動車を運行の用に供するもの」というのは抽象的一般的に当該自動車を自己のために運行の用に供している地位にある者をいうのではなく事故発生の原因となつた運行が自己のためになされている者をいうと解すべきで右に認定した事実によると、本件事故が発生した際においてはAが東京都武蔵野附近に居住していた同人の母から姉の縁談についての打合せのため母のところへ来るよう呼出を受け、午後十一時過頃右の寮から、被告の東京支店事務所車庫にあつた前記の自動車を運転して同人の母のところへ行く途中において本件事故を起したものであることが認められ同人のために被告所有の前記の自動車を運行の用に供していたものであつて被告のために運行の用に供していたものではないというべきであるから被告は本件事故について自動車損害賠償保障法第三条に基づく損害賠償義務を負わないといわなければならない、また前記認定の事実によると本件事故はAが被告の執行について発生させたものでないといわなければならないから、被告はAの使用者としても本件事故について損害賠償義務を負わないといわなければならない。

二、昭和三一年四月六日名古屋地方裁判所判決

(事実) 甲会社の従業員乙ほか三名が相談の上酒を飲みに行くことになり乙が甲会社に無断で他の三名を自動三輪車に同乗させ運転中、歩道上に乗り上げ車体を歩道上の障害物に激突させ同乗者丙を死亡させた。

(判旨) 乙が本件事故発生当時前記運転に従事しているのは、乙と丙及び甲会社の従業員である訴外丁戊等合計四名が相談の上名古屋市内において飲酒することになりそのため乙が甲社に無断で他の三名を同乗させ運転していたものであつて甲会社の事業の執行に従事していたものではなく右四名の私用のためであることが明らかである。

それ故たとえ乙が運転した前記自動三輪車が甲会社の所有であり、乙が甲会社の運転手であるにしても甲会社が民法第七一五条によつて丙の死亡につき責を負うものとはみなし得ない。

原告は本件事故については、甲会社が民法第七一五条の立法精神に照し責を負うべき特別の事情が存在する旨主張するが、原告が請求原因第四項後段に主張する如き事実が存在したと仮定しても右の如き特別の事情ありと看做すわけには行かないし、その他かかる特別の事情を認めるに足りる証拠は存在しない。

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